《大師和讃》


 右大師 左は我と
   
合わす手に
   かたじけなくも
    
ぬくもりのある

 日を切りて
  
すがれば叶う
    ありがた
  
大師の救い
     
及ばざるなし

 
あな嬉し
  往くも帰るも
    
とどまるも
  我は大師と
    二人連れなり
 
《石鎚山御詠歌》


 
まえは神 うしろは仏
   ごくらくの
 よろずの罪を
    くだくいしづち

 石づちの
   ふもとの寺は
    浄土にて
 此世ながらの
   ごくらくとしれ

 ごくらくを
   願わば祈れ
    まこと込め
 心まがらば
   打つぞいしづち
   
前住職の言葉(大先生語録)
宥善 大正9(1920)年生まれ
 
…副住職が大先生の机の辺りに転がっているメモ用紙を見つけては随時
  書き足していきます。皆さまも何か頂いた言葉がありましたら教えてください。合掌


あなたの願いが叶わないのは
だれか、許せない人がいるからですよ

人生で名誉とか地位等
憂き身をやつすは愚の骨頂 世の為
人のために専念するのが人生の存在意義

鬼も悟れば仏となり
仏も迷えば鬼となる
自分の心の中にいる鬼を見つめる

祈りても しるしなきこそ しるしなり
   己が心に信(まこと)なければ

この道は病なおしの道でなく 心なおしの道である
病ぐらいは心がなおる便宜に(ついでに)なおってしまう

私達は先祖を通さなければ一足飛びに
神仏様に近づくことは容易ではない

本能のまゝに生きている 動物的心
大自然、大宇宙を自分の体とし 生き通し いき続け
続け 法界が心のすべてになっていくように


本当に気付くことが大事なんですよ
そして、それを納得するために
信じるこころ、信心が大事なんですよ

あたまの先でわかっただけじゃ、
いけんのんで(ダメなんですよ)

正しく拝もうと思ったら、まずは格好を正しいようにせんといけん
しかしながらやはり一番大切なのは こころよ




正和住職

 …住職が信者さんに言われていた事などを拾っては時偶追加していきます。


仏教はね、何かに縛られる為にあるんじゃない
ほどける為にあるんです。
これじゃなきゃ駄目とかを 越えちゃうのです。

お山に登る(修行の)時には、
憎んでいる人のことを(大切に)思って登ってください。
その中で、家族のことを(大切に)思って下さい。
  その憎んでいる人は自分の姿です。

大好きになれないのは、
実は相手の本当の良さを知らないだけなのかもしれません。



罪を受けたり、苦しみを受けたりすれば、自分が清まっていく(浄化される)という思い込みを持っている人は多い。 そして、その思いによって、あなたが本来得る必要のない苦しみや罰も、もしかすると自分からわざわざ受けに行っている場合も多いのです。 もしかするとあなたもそうかもしれない。
あたり前のことには「感謝」できるんです。でも、あたり前でないことには皆、感謝ができない。 だから当たり前でないことにも「感謝」できるようになってくると変わってくるんです。変わっていけるんです。




 南無帰命頂礼   (なむ きみょうちょうらい)
 日切大師 遍照金剛 (ひぎりだいし へんじょうこんごう)
 慚愧懺悔 六根罪障 (ざんぎさんげ ろっこんざいしょう)
 滅除煩悩 滅除業障 (めつじょぼんのう めつじょごっしょう)

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