過去の法話へ
 「 ひとつ、ひとつ、つみかさね 」
 
 高校生から数年間、日記をつけていたことがあります。
特に修行中の日記はおもしろく、感じたこと、気付いたこと、そうそうあの時に上醍醐の山がビカーっと光って驚いたなぁとか、修行の瞑想の段階、見えてくる世界、自分がどのような順を追ってそこに至ったのか。日記を開くと今でも鮮明に過去の自分を思い出し、確認することができます。
十代の頃の私は、
「いまのこの感性は、大人になるにつれて変化もするし、もしかすると忘れてしまうかもしれない。年を取った多くの人が、若い頃のことを忘れ、子どもの気持ちが分からなくなるように、
自分も忘れてしまうかもしれない。そうだ。今のうちに色々と記してみよう。そして大人になってもう一度確認し、それが恥ずかしいような気持ちにさせるものであっても大切にしよう。
だってそれは紛れもなく、若い時の自分が内に秘めている感性であるのだから」という思いがありました。そういうのも幸いしてか、大学時代には京都の大学間の交換授業においてすごく面白い先生に出逢い、現代詩について学んだこともありました。

 文章を書くのが苦手だから文章を書く授業を取る。 社会がもっとも苦手だから大学では社会を勉強する。 今ではお陰様で社会と宗教の中高教員免許を持っています。
長所もそうですが、自分の不得意とする所を補う努力をすると 世界はどんどん広がる。
それは間違のない所です。 また自分に一流のものが身につくと、一流のものを扱う人にも出会えるようになっていきます。どのような場所、どのような場面にも学びがある。

私にとってこの原点は、母親の
「小さなお花にも、草にも、命はあるのよ。」 だったのかもしれません。
親の目線は子に受け継がれるもの。立派な子を育てようと思ったら、子を育てる前に、自分を育てる必要があるわけです。すばらしい人に出会おうと思ったら、自分が磨かれていれば良いのです。

 「すべてのものに命がある。だからみなその存在は尊いのだ。」
このいたってシンプルな考えは、人生も、世の中も変えていきます。
不思議なもので、みな同じように尊いと分かってくると、偏見の目・耳・心などがそぎ落とされていき、《意味合い》が様々と分かってくるんですね。
追い詰められていても、苦しくても、つらくても、今の私にはこういう学びの段階なのだなとか。必要なのだろうなとか。 試しに、
「すべてのものに命がある。だからみなその存在は尊いのだ。」と、
これを何度も声に出して言ってみてください。生きる勇気が湧きます。

 偏見や自我、不要な執着を手放し、すべての物事が繋がっている、縁起を観察できたり、
自分の吐く息、吸い込む息が自然と調和したり。そんなこんなしていると、
《この体の始まりと終わりという人生》の視点から、
《生まれ変わり、生まれ変わりの魂》の視点で物事が映ってきたり・・・。
色々あるわけですが。
コンプレックス、怒り、そういう色んな感情も時には手放して、
自分の体を動かしている根本である、呼吸だけに意識を集中させてみるのも良いものです。
そうすると様々な問題が見えてきます。

例えばこの苦労が、私をどのようにして成長させてくれる課題であるのか、また実はチャンスであるのかなどという事が分かってきたりするものです。
これは、自分に都合が良いようにただ問題を捉えていく方法を言っているのではなくて、この問題はなぜ起こっているのか、私の魂はどこを目指しているのかを明らかにしていくものです。
そしてゴールは必ずあるということ。

私たちは 生まれ変わり 生まれ変わり のなかで必ず自分自身にとっての解決方法を携えて、この世に生まれて来ています。必ずあなたの中に課題もあれば、解決方法もあって、ゴールもあります。
痛みや損失を伴うこともあるでしょう、苦しいこともあるでしょう。
がしかし、種を植えていれば 必ず美しい花が咲く日は訪れるものです。


 今月は私が今までサボっていた、来られた方の生年月日や記録をノートに記しておいて、次回来られた時、また時期や方位を尋ねられた時に、すぐお答え、お話しができるように、という大先生の習慣をやっと始めました。云々かんぬん・・・というだけの話のつもりだったのですが、
思わぬ方向へ行ってしまいました。

昨日、満95才を迎えた大先生に今の目標をお訊きすると、
「ありがとう、ありがとうで死ねるように、
 そういう心であるように生きること、過ごせること」と笑いながら答えてくれました。

人から、出来事から、良いものを学んで、家族へ、ひとへ、子孫へ繋げて行きたいものですね。

   平成27年5月21日 南無大師遍照金剛ありがとうございます。     


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